メモログ

PCを処分することにした

タグ: 人生 

とはいってももともとPCは3台所有しているので、そのうち一つを処分して機能というか使途の再配分をしよう、という話なのだけど。
処分しようとしている1台は、いわゆるフラグシップというか、移動母艦というか、ノートパソコンであり、デスクトップ並みの性能があり、それでいてバッテリーが付いていて停電になっても保存まで多少の融通が利いていて、つまりイベント遠征先で作業ができるという部分に魅力を感じていたのだけど、そもそもここ1年ぐらい東京のイベントに顔を出していなかった。
それとは別に機能的な不満があって、USB-TypeCに非対応だったり、スリープ機能が何故か無効になっていたり、DisplayPortが搭載されていなかったり、SSDがADATAでその信頼性が低かったりで、買い替えたい=手放したい気持ちもあったのだ。
しかし「これまでがそうだったから」という安易な理由でそのままの状態を続けていたということに気づくと、そのまま維持する理由がなく、結局のところただの「拘り」でしかないことに気づいたのだ。

似たような話だと、ぼくは4月に入った辺りから図書館をよく利用するようになっていて、貸出限界の10冊を全然読めていないのに、シリーズもの小説の次巻を予約をしようとしていて、だからいま借りている本が10冊で、読みおわったのが2冊で、そして予約図書の準備が整ったとの連絡が来ているのが4冊あって、つまりうまく図書館を利用できているとはまったくいえない状態にある。
それはたぶん限界まで借りないとだめだ、借りている本が途切れるのが嫌だという無意識的な恐れがそこにはあって、それ故に自縄自縛に至るということに気づいていて、そして面白くないことに、買ったけど読んでない本が今家に10冊ぐらいはあるから、別に途切れたって全然問題ないということもあって、ぼくという人間がいかに何も見えていないか、ということをすごく自覚している。

こういった形で、自分には自分にも制御しきれない何かしらの「拘り」があって、そのことに対する判断を無意識的に棚上げしたりしている、ということに気づいて、今更ながらひどく当惑している。
だから、ぼくはぼくの「拘り」を俯瞰して、少しずつ合理的な形にまとめていけたらいいと思う。
  • 公開日時:2018/05/15 10:28
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おひねりくださいおじさんです。 基本的には何か絵を描きます。
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