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美術学科卒、それから何になる

タグ: 雑記 

美術系大学を卒業後、みんな何になっているだろう。

まあ、何になっていたとしても、幸せなら何だって良いのだけれど。でもできることなら、それぞれの形で、絵を続けていてほしい。

 

私は卒業後が不安でたまらない、芸術大学の美術学科の2回生だった。

卒業後の道がまったく分からない。絵を描きたいけれど、すぐにお金になるはずはない。何か別の仕事をしなければ、すぐに路頭に迷ってしまう。借りている奨学金も、卒業する頃には総額800万くらいになっている。

 

デザイン学科なら、デザイン系の仕事につくことができる。でも私が専攻していた日本画は、学校で習ったことをそのまま生かせる職場なんてものは、無いと言って良い。

デザイン学科のようにパソコンもうまく使えない。教職課程もとっていない。

 

美術系の仕事につける気もしないけれど、普通の職業で、うまくやっていける気もしない。

高校をドロップアウトした私が、今のほのぼのした芸術系大学を卒業して、またあの普通の社会に戻っていけるはずがない。それだけは絶対に無理だと分かる。またあの高校2年生の春のように、精神的に疲れてアトピーが悪化して、それがまた精神にきて、傷だらけで寝たきり同然の生活になるに違いない。それが、心の底から恐ろしかった。

 

高校生でなく、ただの17才だった頃に、お世話になったアトリエ(美術予備校)のことを思い出していた。

 

片田舎の、古いビルの、おじいちゃん先生。変な咳が出てるけどタバコをやめないおじいちゃん先生。学校を辞めた私は、本当は17:00からの授業なのに昼から行って(今思えばけっこう迷惑だったと思う)たくさん絵を描いたり、先生とお話したりしていた。生徒がデッサンをするとき光が変化して描きにくいからと、一年中暗幕を閉めているせいか、近所の人に「あああのお化け屋敷みたいな」と呼ばれていたこともあった、あのアトリエ。

 

参考作品用の大きくて分厚いファイルには、過去の生徒の作品がたくさん入っていて、どれも心が震えるようなすごい絵だった。

 

たまに卒業生が訪ねてきて、楽しそうに近況を報告していたこと。

先生が「最近なんか面白いことあったか」と聞いてきて、他愛もない話をしたこと。

アトリエの卒業生で、有名な写真家になった人のポスターを眺めながら、「俺はなんでこいつがこんなに評価されてるんか分からんのや…」と話していたこと。

アトリエは、絵の技術を教える所だけど、それだけでなく、絵が好きな人の道を開いたり、心の拠り所になる場所だと思う。

 

あそこで学んだこと、感じたことは大学の授業とはまた違って本当にかけがえのないものだった。あの先生みたいになれたら。すぐに講師のバイトなんて見つからないとは思うけど、講師じゃなくても美術モデルとか、雑用とかそういうのでもいいから、とにかく初めてみたい。ひとまず行ってみよう。

 

もともと内向的な私がこのときなぜこんなに行動的だったかというと、病院を退院したばかりだから。

悠々気ままな大学生活のはずなのに、私はまたアトピーをひどくしていた。いや、高校の頃ひどくしてから、あまり回復していなかったのだと思う。

アトピーの話は長くなるので置いといて、2週間のアトピーの教育入院を終えて、おそらく人生で一番、傷の無いツヤツヤお肌になった私は、とても行動的だった。

傷の無い肌は、今までの人生が何だったんだろうというくらい快適で、ゲームの設定がハードモードからいきなりイージーモードに切り替わったみたいに、とても楽だった。

そして卒業後どうするのだろうという、将来(といってもほんの2年程先)の不安から、なにかをせずにはいられなかった。

 

 

美術予備校(美術系大学の入試に向けて実技のデッサンなどを勉強する予備校) は、大手のところ以外は、受験生の他にこどもの絵画教室や、大人向けの趣味のクラスもある「アトリエ」「美術研究所」という形にしている所が多い。17歳の私が通っていたのも、20歳の私が訪ねていったのも、そんなアトリエのひとつだった。

 

勇気をふりしぼって、近くの街の美術予備校を訪ねて回ることにした私は、手書きの名刺とポートフォリオを持って、アポも取らずに訪ねていった。

 

一軒目は、軽くあしらわれた感じだった。そして二軒目に訪ねたのが、そのアトリエだった。

 

「モデルはいらないけど、ちょうど今日は受験生のクラスだから、見て少しアドバイスとかしてみ」

とても小さな教室だった。生徒も3人しかいない。

私なりに誠実に丁寧にアドバイスした。

その後先生は「すぐに時給いくらとかは出せるレベルじゃないけど、将来的にアトリエの分校を作りたいと思っていた。大学を卒業したらその分校を、自分に任せたってもいい」と言ってくれた。

なんらかの足掛かりができれば、くらいに思っていた私には、卒業後の見通しがつくなんて願ってもないことで、喜んだ。

でも、「そんなうまい話あるのかな?」と疑ってもいた。

 

しかし、講師の職につける!しかも自分だけの教室を持てるかもしれないんだ!と意気込んだ。

そこから私は卒業するまでの約2年半、週に2回ほど、アトリエの手伝いにいくことになる。受験生クラスと、小学生クラスだった。昼すぎから掃除などを手伝い、アトリエのサイトの簡単な更新をしたり、自分の絵を描いたりした後、夕方からの教室では多くても5人程度の生徒をほぼ1人で見る。授業後また掃除をして、20時30分頃終わる。お給料は、アトリエまでの交通費で相殺されるくらいの金額だった。

 

このアトリエは、私が大学に入る前に通っていたそれとは、だいぶ違っていた。小さい割にはブランド主義というか、イメージ主義というか、とにかく印象を大切にしていた。

街の、ガラス張りの小綺麗な教室。掃除が行き届いていて、ホコリ一つ無い。

 

 「さっき、今日から入る○○君に自分『はじめまして、指導のお手伝いをしてます。○○大学日本画コース2回生の斎木です』とかって自己紹介しとったけど、○○大学とか言わんといて。大学生使ってるの、イメージ悪いやん」

「えっ…はい…」

 

「こども教室の○○ちゃんがお父さんと話してるの聞いたんやけど、

お父さんが、先生、大学生なん?って聞いてた。ちゃんとジャケット着ててもそう見られるんやなって。」

「はい…」

 

「前に障害者の子が体験に来たけど、言うこと全然聞かへんからお母さんにも『いや~これは無理ですわ』って言って断ったんや」

「えっ、それはせめて、ここには障害を持つ子を受け入れる体制ができていないからすみません、みたいな感じの方が良くないですか?」

 

「大学祭で似顔絵やさんしてたって聞いたで」

(反対されそうだったから言ってなかったのに…)

「目先の金に惑わされるなよ。たかが500円くらいの」

「1枚1000円ですね」

「知らんけどやな。自分の大学の近くにはうちの生徒さんもおるんや。生徒さんが学祭に行くかもしれんやろ。そこでうちの先生がそこでそんな事しててみい。イメージ悪いやろ。目先のちょっとのお金で信用を失うな。」

「学祭の似顔絵でそんなこと言われなきゃいけないですか?そもそもこんなお給料も出ない仕事してるからお金が無いんですけど」

 

「自分同棲してるん」

「はい…同じ美術学科の人(今の夫)です」

「イメージ悪いからやめや」

「でも親公認ですし、家賃も安く済みますし、」

「例えばAKBは恋愛禁止やろ、そういうことや。」

「????」

「例えば俺が風俗とか通ってたら幻滅するやろ。そういうことや。」

「????」

 

私が手伝いを2年半続けていたのは、「卒業したら自分のアトリエができる。今嫌だと思うことは、自分のアトリエでは変えたらいい。今は先生と対等じゃない。自分のアトリエを持ったら、対等になれる。」なんていう言い訳を、自分に言い聞かせていたからだった。

私たちの一言が、生徒の人生を変えるかもしれない、そんな責任感や真摯さが、先生には無いように思えた。

 

 

結果的に、大学卒業間際に私はそのアトリエを辞めてしまった。

アトリエ分校の約束を反故にされたとかではない。お金を貰えないのが辛かったからでもない。(いや、貧乏なのでお金をもらえないのは辛かったけど…)一緒に物件を下見に行ったりもしていた。先生は本当に、私にひとつのアトリエを任せてくれるつもりだったのは確かだった。

なのにギリギリで、私は辞めてしまった。

 

アトリエを辞めると言った日、私は今まで思っていたけれどなかなかうまく言えなかったことを全部ぶちまけた。

 

「カリキュラムが雑。教室の空気が凍っている。生徒を愛しているか。それなりの授業料なのに、受験生に週3日、3時間の授業の枠内でしか指導しない。モチーフ選びも雑。2階建ての建物で各階は10畳くらいしかないのに、1階は応接室にして、2階が教室。先生はデザイナーを名乗ってるのにデザインなんてしてない。すぐ「そんなんイメージが悪い」とか言って、子供のことなんて考えてない」

 

思ってることをろくに言わずに溜めて溜めて、ある日爆発させるなんて、相手にとっては青天の霹靂で、手のひらを返されたと思うかもしれない。

 

いつも不遜なはずの先生は「そんなにあかんか…俺のアトリエ…」と泣きそうな顔をしていた。

言ってやった!
その時はスッキリした。言ったこと自体は今も後悔はしてない。でも、

思ったその時に言えば良いのに、その場では事なかれ主義で適当に流して、ある日突然爆発させてサヨウナラは、やっぱり、無責任だ。

 

先生のやり方が気に入らないなら、その場で「私はこう思います。」ともっとはっきり言えたら良かった。

それでも無理なら「じゃあ辞めます」ともっと早く辞められたら良かった。

無知で世間知らずの私は「世間とはそういうものや」「自分はまだ分からんやろが、常識ではこうなんや」「そんなんイメージ悪いやろ」の言葉にうまく丸め込まれて、そして卒業後のニンジンにつられて、ひたすら飲み込むばかりだった。 

 

先生は、悪人ではないけれど、ずるい大人だ。

そして私は私で、やっぱりずるい子供だったんだと思う。



最後に会った日、先生は笑っていた。

「30歳になったら、俺の言っていることが分かる。今はまだ若いから分からんと思うわ。元気でな。」

ああ、この人はこうやって何もダメージを負わない。私にはこの人を傷つけられない。最後は笑顔で別れるときっと決めているんだ。



私は今フリーランスで、絵の仕事や絵画教室やWebサイト制作など、色々やってなんとか食っている。

一緒に事業をしている夫と二人で、「普通」の社会の人間として、やっていけそうだ。

 

絵の仕事も絵画教室もwebサイト制作も、大学生の頃、アトリエの先生がきっかけをくれたものだった。

「イラストレーター紹介してくれって言われたから今から練習し」←

「ホームページ作れるようになってくれ。仕事持ってくるから」(売り上げの1/6くらいしかくれなかった)

「ここのカルチャー教室で講師やり」

ちゃんと領収書が書けるのも、電話でちゃんと受け答えできるのも、先生のおかげだ。

先生がいなかったら、今の私はいない。

 

でもこれは全部私がモノにしたチャンスであって、自分が練習してできるようになったことでお金を稼いでいる。
そもそも先生からは技術的なことはほとんど何も教わってない。

恩義は感じるが、それは当時の無償の労働で十分返していると思っている。
 

今でもたまに、私があの日なぜ爆発したのを忘れたかのように、いやそもそも全然伝わってないかのように、連絡がくる。

「アトリエのサイトの更新をしてほしいねん」

断りきれず請け負うと、家にリンゴなどの果物が届いた。

 

「サイトのリニューアルをしたいねん。これこれこういう感じで」

「30万はかかりますね。」

「俺相手に商売すんなや。」

「いや、手間がかかりますから。無償ではできません。」

「俺の乗ってたあの車な、自分にあげようと思っててん」

「免許持ってないです」

「えっまだ取ってなかったん?車いるで?若いうちに取っておいたほうがいいで?」

「お気持ちは嬉しいのですが、いらないです。」

「ホームページ作る仕事も、つてはいくらでもあるねん。自分がやれるなら、俺がいくらでも取ってきたるわ。」

「今は他の仕事で手一杯ですし、知り合いの会社から定期的にお仕事をいただいてますので、慎んでお断りします」

 

 

美術学科を卒業して、何になるか。

 

何になってもいいけれど、案外どこにも属さずにやっていくこともできる。
画家を目指すか、全然関係ないところに就職するか、の2択しかない訳じゃない。
ただ、ずるい大人には気をつけて欲しい。

 

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こんなにまとまりのない長文を読んでくれてありがとう。

ずっとどこかで言いたかったけれど、もし知り合いが読んだら一発で私だと分かってしまう内容なので、踏ん切りがつかなかった。

 

 

無償の仕事について…

自分がその仕事を始めて本当に間もない頃は無償で実績を積むのもありかもしれない。でもそのときのお客さんは、自分が本当にしてあげたい、(力になりたい)相手にしないといけないと思う。

「無償でやってよ」と向こうからくる人は、後々になっても「仕事を紹介してあげる」(大した仕事じゃない)「宣伝してあげる」(大した効果はない)「これあげる」(自分のお古)と、色々やっかいな話を持ちかけてくる。

そもそも、自分がお金を支払えないのを、次の仕事を紹介することなどで補填しようとしてるのに、言うならツケにしといてる訳なのに、「仕事を紹介したるわ」とは何事でしょうか。「ツケにしといたるわ」と言ってるのと同じ。

 

美術学科の進路…

会社員として働きながら週末は作家活動をしている人もいるし、美術学科からデザイン会社に就職した人もいるし、フリーランスもいる。こんなに色んな働き方ができる世の中になってきているのだから、「正社員」とか「一般企業」とか「(美術館に飾られるような)画家」とか、あまり縛られる必要も無いと思う。それこそ、絵を続けるとか続けないは関係なく、みんな自分が(できたら周りのみんなも合わせて)幸せになれるようにがんばれたら良いと思う。

でも、私が尊敬しているクラスメートが「卒業後は絵を趣味にする」と言っているととても悲しかった。ああ、もうこの人の作品は見れないのかなって、とても寂しかった。できることならその人なりの方法で絵を発表し続けて欲しい。

  • 公開日時:2018/08/10 02:46
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コメント


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@saiki_tsukune

@tucan さん
それはめちゃくちゃありますよね。日本は家の壁狭いし、美術品を資産として持つ考えが無い的な…
でも今の時代、必ずしも画廊を通して販売しなきゃいけない訳じゃなくて、個人的にネットで海外向けに販売してたり、それこそコミティアとかに出して幅広い年齢層に向けて売り出してる現代美術作家の人もいたり、
若い人にイラストの仕事がすごい人気だったりして、希望はあると思います。

2018/08/11 09:54:41

@tucan

日本には、絵を飾る習慣がなく、絵が売れないような気がします。

2018/08/11 01:16:36