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【映画感想】万引き家族(ネタバレ有)

タグ: 映画 

というわけで、何かと話題の「万引き家族」の感想です。
最初は有料記事にしようかなと思ったんですが、無料で公開して面白かったら投げ銭よろしく!の方が良いような気がしてきたのでそんな感じで。


粗筋を事細かには書きませんが結末までネタバレします。登場人物の名前は通りの良いものを使います。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「万引き家族」で焦点の当たった家族をここでは「疑似家族」と呼びます。
何故「疑似」かというと、血縁者で構成されていないからではなく、「持続しないから」です。
老い先短い人間の年金が主たる収入で、一番の働き盛りのはずである治と信代の収入が安定しないのでは、行きづまるのは当たり前です。


祥太やりんは疑似家族の所では暴力こそ受けていませんが、暴力だけが児童虐待ではありません。犯罪に加担させる、学校に行かせない、これも虐待です。
祥太はパチンコ屋の駐車場から盗まれなければ熱中症で死んでいたのかもしれません。ですが、学校にも行かず窃盗を繰り返す人生でも「生きているのだから善い」のでしょうか。
りんもやはり学校に行かせてもらえないでしょうし、あのまま年頃になれば性産業に従事することを強制されるか、あるいは性産業しか職業選択の余地がない状況に追い込まれたかもしれません。


では児童養護施設や実親の家庭であれば安全かといえば、そうとも言いきれません。
特にりんの場合は暴力の連鎖している家庭ですから、疑似家族のところにいた方が安全だったという解釈もあるようです。
ただりんの家庭であれば彼女を学校には行かせるでしょうし、そこでの「出会い」によって何かが変わらないとも限りません。あるいはりんの母親だって変わるかもしれないのです──治や信代のような手段を取られては困りますけど。


いずれにせよ、持続性のない疑似家族のほんの一瞬だけを切り取って評価しても仕方がないのです。
夏の夜に茹でたトウモロコシをみんなで食べながら音だけの花火を見上げられたのは、一度きりでした。十年先二十年先も、家族の構成員を変えつつも同じ夏を過ごせるというなら良かったでしょう。だが、彼らの生活は場当たり的で、したがってその愛情も場当たり的でした。


愛情が場当たり的であるのは、はみ出た行動を取った祥太があっさりと見捨てられることからも分かります。
祥太を見捨てる判断を下したのが信代であろう点は興味深いです。治は馬鹿正直に警察に出頭して、戸籍があるかどうかも怪しい祥太の名前を申告し、信代がそれを慌てて止めたのですから。
同様に、りんを助ける決断をしたのは治であり、信代は彼女を最初は拒否したのです。もちろん、信代はりんの母親の態度を見て態度を変え、以降は猫かわいがりするわけですが、もしもりんが信代や疑似家族にとって不都合な行動を取ることがあったら、信代はどうしていたでしょう?


ここまで読んで「あの映画を観て何て冷淡な感想を書くんだろう」と思われた方がいるとすれば、全くその通りではあるんですが、ここで彼らを弁護することを考えます。


子供に教えられることが窃盗しかない、つまり窃盗にしか自信が持てない生き方をしていた治、前夫を殺しても正当防衛が認められるような窮地にいた信代、彼ら彼女らのような人間が「持続する家庭」を築く余地が、今の日本にどれだけあるかといえば、おそらく「ない」です。


あるいは亜紀のように、一見すると問題のなさそうな家庭からはみ出す人間が逃げ込む場所などありません──彼女が両親を信頼していないのは「祖父の前妻」なる赤の他人に懐いていたことからもわかりますが、初枝に裏切られた亜紀はあの後誰に甘えて暮らすんでしょうか。


持続性に欠けるものであっても、心を通わせられる家庭がいっとき築けたことが、疑似家族の全員にとって幸いであったことは確かだと思います。


ところで、あの映画で一番幸せだったのは、もちろん死という形で逃げ切った初枝に他なりません。年金と住宅を提供することで、息子娘孫世代の人間と死の間際まで密に交流できたことは、彼女の老後を豊かにしたでしょう。年金を独占できても一人のままで死ぬよりずっと幸せだったはずです。
  • 公開日時:2018/06/12 09:17
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