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【明日はきっと晴れますように】第8章②


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◆ 第8章 涙雨 ②

 

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 一様に濃い灰色の雲は、現在の時刻を不明確にしていた。
 雨が激しく降っている。だけど、傘があればまだ凌げる。私は一方の傘を開いて左手に、もう一方の傘は閉じたまま右手に持ち、走り出した。
 まだ間に合うはず。間に合ってほしい。これ以上雨が強くなる前に、早く。
『あまやどり』から東へ続く坂道を下る。緩やかな坂なのだけど、迂闊に足を早めると転びそうになる。

 雨の中を走りながら、私は思い出す。
 できることならば思い出したくない、苦い記憶だった。
 クラスで孤立して、聞こえてくる話し声に懐疑的になった小学校時代。友人に裏切られ、だけど誰も助けてくれなくて、学校が嫌になった中学時代。
 私はあのとき、どんな気持ちだっただろう。私はもう一度、あのときの自分と向き合う必要がある。
 今あの子の心に降っている雨は、きっとかつての私の心に降っていた雨と似ている。あのとき私は、何が欲しかったのだろう。どうしてほしかったのだろう。
 体の表面に当たる空気は冷たいのに、体の内部は熱くなっていて、おかしくなりそうだ。

 雨の中を走りながら、私は考える。
 中学生くらいの年齢だと、小学生の頃より交友関係も行動範囲も広くなるとはいえ、やはり家庭と学校が世界の大部分を占める。
 彼女はずっと一人だった。彼女にはずっと居場所がなかった。
 時が経ち、私は開けるのを諦めてしまった心の扉。だけど彼女は諦めていなかった。学校にも行った。息苦しい世界の中で、それでも生きようとしていた。

 風が吹く。刃物のような冷気だ。真冬の気温と雨水の前では、コートもタイツも手袋もマフラーも、気休め程度にしかならない。傘を持つ手が凍える。冷気に晒されている顔が痛む。靴の中まで雨水が入り込んで、氷を履いているようだった。汗なのか雨なのかわからない雫が髪を伝う。

 生きる理由、人生の目標、一生かけて手に入れたいもの。そんな大きなものはまだ私にはない。
 だけど、私でも誰かの太陽になれるのなら。誰かの心の雨を、私が晴らすことができるのなら。

 顔を上げると、見覚えのない橋が見えた。これがあの子の言っていた篠月橋だろう。あと少しだ。
 雨は強くなってきている。川のあたりでは避難が呼びかけられていたりしそうなものだったけど、少なくとも私にはそのような声はかからなかった。つくづく、私たちは見放された存在なんだな、と思った。
 だけどそれでよかった。今回ばかりはありがたいとさえ思う。

 川の土手を走り、橋にたどり着いた。目の前には、こちら側の土手と対岸の土手を結ぶ一本道が伸びている。
 その真ん中に、彼女はいた。
 

 

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次 → 【明日はきっと晴れますように】第9章 雨上がり ①

 

  • 公開日時:2018/02/13 23:01
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「脳内航海士(のうないこうかいし)」と申します。 生きる自信も死ぬ勇気も...
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